日本放射線リスク評価委員会設立趣意(案)pdf版

設立趣意

1. 私たちは放射線の被害から人類を守るために科学と人権に基づく被曝評価体系を確立します。
国際放射線防護委員会(ICRP)をはじめとする原子力ロビー1の放射線被曝防護体系は科学原則を踏み外し、人々の健康を守ることを放棄し、核産業を守る本性を露わにしました。私たちはこれを批判し、権力や利害組織、社会的圧力に屈することなく、命と環境を守るための評価体系を作りあげます。

2. 私たちは放射線による健康被害の隠ぺいを許さず、虚偽情報(フェイク)に騙されることなく、被害の実態を評価し、記録します。
過去を記録することは科学という営為の端緒にとどまらず、被害を受けた者として世界市民に対する責務2でもあります。

3. 確立した「科学と人権に基づく被曝評価体系」を世界の国々の放射線防護基準に反映させ、放射線被曝から人権に基づく防護がなされるように「日本放射線リスク評価委員会」を設立します。

討議のための解説

1. 核時代と共に隠蔽された放射線被曝の実態と被害

原爆が投下されて以来、放射線被曝の実態と被害は徹底的に隠されてきました。まず原爆投下直後の米軍による残留放射能調査は「残留放射能が無いことにする3」目的で始まりました。放射性降下物による内部被曝を隠蔽4したうえで、ここでの「放射線被曝」は初期放射線による外部被曝だけであると限定しました。その後も内部被曝とそれによる被害は一切認知せず、放射線被曝自体を過小評価する情報操作が体制化されてきました。過小評価は被爆者の寿命調査5被爆者援護法等に反映6されましたし、水平に広がる円形原子雲の構造や生成原理7さえも科学的に把握されず、「被曝隠し」に利用されてきました。

全体が地震の巣ともいえる日本列島でありながら「原子力発電所は絶対に安全」という原発安全神話や、「トリチウムは海洋廃棄しても安全」というトリチウム安全神話には、原子力ロビーが偽りの裏付けを与えてきました。

欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、ICRPによる防護三原則について「時代遅れの哲学的推論、とりわけ功利主義的な平均的費用-便益計算に基づいている」と批判し、現実を表わしうるリスクモデルを提案8していますが、ICRPの線量評価体系はそのまま受け継いでいます。私たちはECRRをさらに発展させる見地から、ICRPが科学を踏み外すことによって放射線被曝の実態とその被害を見えなくしている手法を指摘した上で、科学と人権に基づく被曝評価・防護体系を確立します。

2. 私たちが擁護する「科学」の意味

私たちが拠り所にしようとする科学9について少し確認しておきます。

客観的な存在10は人間の意識とは独立に存在します。その客観的な存在を、より正確に認識に取り入れることが科学として理解されてきました。すなわち、科学とは「客観的事実を観察・観測し、理論的にとらえ、それを検証する試みによって真理に近づくとする方法であり、またそのプロセスと結果である」といえます。いったん科学的に認識すると、それによって今まで認識されなかった事にも気がつくようになり、さらに認識が発展します。因果関係の科学とは、実際に起きたこと11原因12を見つけ出すプロセスと結果です。それは、21世紀以降急速に発展した相関関係から因果関係を見つけ出す因果推論の科学と、因果関係が明らかになった下で原因から結果に至るメカニズムを解明する科学13の両者があります。

科学の方法とは、

(1) まず、実際に起きたことを客観的事実として観察・観測し、科学データとして収集します。これらの相互関係から個々の事例や観察から共通点を見つけ出し、一般的な結論を導き出す方法(帰納法)にもとづいて仮説を樹立します。仮説はしばしば数式で表現されます。

(2) こうして立てた仮説から、一般的な法則や原理から個別の事例に対する結論を導き出す方法(演繹法)によって予期されるテスト可能な事象を想定します。実験や観察によって予期される事象の検証あるいは反証がなされます。このように検証された仮説は科学理論と呼ばれます。科学理論はしばしば事象間の因果関係のメカニズムを示します。

(3) こうして確立した科学理論も絶対的真理ではなく、新しく得られたデータの実験や観察による検証が絶えず求められます。いったん確立した科学理論が検証に耐えられない場合は、新しい別の理論に置き換えられます。ただしこの場合、古い科学理論は間違いである場合もあれば、新しい科学理論に包摂される形で生き残る場合もあります。

このようにして科学は進んできました。同じ科学の方法は放射線の作用である電離損傷とその修復のメカニズム14(放射線被曝を受けた身体内の内部応答)の探究にも当然役立つし、役立てるべきです。

人の疾病に関して因果関係の科学的証明は疫学によって始まりました。疫学は、19世紀半ばのイギリスで流行したコレラの原因が特定の水道会社の水道水であることをジョン・スノーが突き止めた15ことから確立されてきた分野です。自然科学的な必然性」の証明とは異なり、疾病の因果関係の証明は疫学調査などで得られた「高度の蓋然性」をもって現在では立証されます。現在の公衆衛生の基礎となっている疫学は疾病の原因を解明し、公衆衛生対策の科学的基礎です。メカニズムが明らかになっていない段階でも有効な対策を取るための科学理論として発展し続けているのです。

科学と倫理について

そのような科学の方法論(仮説演繹法)は17から18世紀に展開した科学革命を経て19世紀半ばに確立しましたが、その発端となった自然神学に目を向けてみます。自然神学は、人間理性による観察を通して自然界の秩序や巧妙さを知ることで創造主たる神の偉大さを検証しようとするもので、神の啓示を信仰の根拠とする啓示神学とは異なります。17世紀の終り近くになるとニュートンがガリレオの力学とケプラーの天文学を総合することで天上界と地上界の区別を消滅させ、プトレマイオス以来の天動説を覆し、当時のキリスト教が依拠していたアリストテレス的世界観に決定的な打撃を与えました。宇宙から神を追放したニュートンはそれにもかかわらず、太陽を中心に回転を続ける惑星の運動そのものに永遠の神の力を見いだし、自然神学の強固な基礎となりました。しかし、人々が自然を探究する中で真理を探究する方法論と世界観が洗練・発展し、科学は神学から独立するようになっていきました。

イギリスのニュートン理論はヨーロッパ大陸に持ち込まれ、18世紀以降はフランス啓蒙思想やカントに始まるドイツ古典哲学の展開につながります。19世紀に活躍したダーウィンは自然神学から出発したものの19世紀の後半には科学的進化論を確立し、神を前提としない人類の誕生を示しました。この時代に確立した科学は人類の認識能力を飛躍的に高めたにとどまらず、産業資本主義の台頭を背景として生産と結びついた科学技術となり、人類の文化的生活を飛躍的に向上させました。

このようにして神学から独立した科学は、当初、研究者個人の自由な意思を基本とする科学者共同体を生み出し、科学知識に客観性と信頼性を保持するため科学者特有の倫理観(マートンのCUDOS16)に支えられました。神学から独立した後も科学は人間の営みである以上、倫理とは切り離すことはできないものなのです。それにもかかわらず20世紀の2度にわたる世界戦争の中で、国家プロジェクトによる科学と技術の融合が進み、膨大な軍事予算によって科学的知識に基づく技術開発が進められる構造が生み出されました。その出発点は原爆開発のマンハッタン計画 (1942-) です。戦後、科学は軍事と産業とに結び付き、国家や企業から資金を得てその利益のために利用されるようになりました。人間の幸福と生存権の確保のための手段となり得る科学技術が、利潤という経済的利益が最大の動機となって進められるようになったのです。軍事的・政治的・経済的利益のために科学の客観性・真理性は犠牲となり、マートンのCUDOS規範は失われ、代わってザイマンが指摘するPLACE17が現代では多くの科学者の従う行動原理になっています。科学が社会化し、さらに体制構築的な機能も持つに至った現在、科学と倫理の問題は科学者個人のCUDOS的倫理観だけで解決することはできず、社会レベルの倫理規範を構築することが重要な課題となるでしょう。

人倫は人として守るべき人間集団の倫理規範ですが、その人倫と切り離された科学技術が発展した結果として戦争に勝つため敵国の国民を効率よく殺す、人類の命と健康をむしばむ物質を地球環境にばらまく、といった状況が不可避的にもたらされました。私たちは現在の科学が置かれている否定的な状況を直視しなければなりません。そして科学と倫理は不可分でなければならないことを、あらためて主張します。私たちは、科学技術は人類の平和と生活の向上のためにこそ発展させるべきであり、戦争や健康破壊につながる科学技術を拒否し、人倫と不可分に結びついた科学こそが真の科学であると考えます。

3. 私たちが目指す放射線影響の科学

私たちは、放射線被曝の健康影響の分野で、このような真の科学を推進します。これまで、原子力ロビーが科学のプロセスを真似しながら科学をよそおい18、私たちに被曝被害を強要19 20していることがわかっています。その例をいくつか挙げます。

(1) 実効線量の導入による科学の破壊と健康リスクの過小評価
吸収線量は実体があり測定できる物理量で、グレイGyが単位です。これに対してシーベルトSvという単位で表示する実効線量は、吸収線量に似ているのですが、放射線の種類や放射線を浴びる臓器ごとに恣意的な係数21(放射線加重係数、組織加重係数)をかけて計算されます。この係数が恣意的であるために、本来なら放射線の作用の状況、すなわちメカニズム(電離修復困難度(電離の密度、継続性および修復能力))に帰属するべきファクターを線量に転化するという手品がおこなわれ(科学破壊)、さらにリスクもガンや遺伝的影響に限定されました。

ICRPの手品をよく見ると、実効線量を計算する前段階に等価線量(これも単位はSv)が使われています。等価線量とは、人体のあらゆる組織や臓器を区別せずに、それぞれの吸収線量に放射線加重係数を掛けて計算するものです。放射線加重係数によって放射線による電離の密度の違いに対応しようとしていますが、密度の違いは内部応答に属するものです。ところがICRPはそれを虚偽的に転換して、体外から来る刺激である「線量」に転化22しているのです。この手品で内部応答のメカニズム(電離の密度や継続性、修復力、その他)も無視できるようになり、「内部被曝も外部被曝も同じ」であり、リスクは「ガンと一部の組織影響に限定できる」との断定が導入されました。内部被曝、とりわけ濃厚な電離密度と被曝継続性による不溶性微粒子の危険も、溶解して血液やリンパ液によって運ばれる放射性原子の危険も完全に見えなくします。

手品の後半は実効線量の計算です。実効線量は、臓器ごとの等価線量に組織加重係数を掛けてから、全臓器について足し合わせて得られます。組織加重係数は確率的影響(ガンや遺伝的影響)の組織毎の相対的感受性23で、臓器ごとの組織加重係数をすべて足すと1になります。ここでも内部応答に属する量を線量という刺激の大きさに見せています。そのうえ線量という足し合わせることが不可能な「刺激」(示強変数)を全身について足し合わせる(示量変数として扱う)という科学破壊をしています。この確率的影響の感受性を元に決められた組織加重係数による実効線量を導入することにより、被曝のリスクをガン等の狭い範囲に留めるという間違いを正当化しました。

ICRPは内部応答における因果関係の具体的なメカニズムを取り扱わず、実際の電離現象とその修復を科学することができないため被曝リスクを極度に過小評価し、その被曝防護策は欺瞞に満ちています。

(2) 吸収線量を臓器毎に限定する方法の強制
吸収線量24は実効線量と違って恣意的な係数がないため、測定数値として物理的には正当な量です。上記の様に実効線量により電離と修復のメカニズム(内部応答)を取り扱わないで済むようにしましたが、吸収線量は計量を臓器単位に限定し、平均値を用いるようにしています。これにより、客観的であるはずの吸収線量の特定に際して、放射線の種類による飛程の違いや電離の密集度は無視され、臓器内での電離を受けない細胞までも分母として計算に入れているため線量は著しく過小評価されます。特に内部被曝の状況では、放射性微粒子が不溶性の場合は、長期間体内に留まり、そこから出る放射線がその周囲を集中的に、連続して被曝させます(α線、β線の場合)が、臓器ごとの吸収線量では電離の局所性も継続性も、修復力の強弱も表現できません。内部応答による「電離修復困難度」がなければ表現できないのです。

(3) 電離損傷対象をDNAに限定することによる健康リスクの極端な過小評価
実効線量は、組織加重係数により各組織の等価線量を加重加算した量であり、組織加重係数は確率的影響の組織毎の相対的影響率(足して1となる)です。ICRPは実効線量により、被曝したリスクを「ガンと少数の組織的影響」に限定してしまいました。これに対応する仕組みとして「細胞核のDNAだけが電離損傷25される」として、かれらの「整合性」を確保しました。これが健康リスクの極端な過小評価を導く罠となっています。

現実の電離損傷は、核DNA、ミトコンドリア、ミトコンドリアDNA、細胞膜など、放射線がぶつかるあらゆる組織におよびます。とりわけ新陳代謝の少ない心臓と脳組織に電離損傷が蓄積することが特に危険です。

ミトコンドリアはいわば細胞内の「エネルギー生産工場」であり、生体のエネルギー源を産生します。生命維持に不可欠です。ミトコンドリアの機能障害はエネルギー消費の大きい脳神経や心臓に留まらず全身に多大な影響を及ぼします。

さらに体内での電離の70%ほどが水だと言われていますが、水の電離により活性酸素(フリーラジカル)が発生します。活性酸素は酸化ストレス(酸化物質と抗酸化物質のバランスを破壊する)を生成し、やはり全身に及ぶ健康不良をもたらし26、ミトコンドリアにも大きく作用します。
電離損傷の対象を細胞核DNAに限定することは、リスクの深刻さを語るバイスタンダー効果27ペトカウ効果28ゲノム(生物が持つ全ての遺伝情報)不安定性29を無視することを必然とします。
私たちは電離損傷の概念に活性酸素による化学的損傷を追加し、電離される対象を細胞核DNAに限定せず、全面的に正確に捉えます。このようにして初めて、放射線健康リスクを「科学と人権に基づいて」評価することができます。

(4) 100 mSv以下の低線量は安全」論の虚偽―科学的研究成果の無視
これまでに低線量で被曝線量と死亡率が関連30 文末注 aすることがわかっても無視し、不明瞭な「一般的合意」を持ち出して科学を無視31し、「リスクは無い」と断定する上で不利にみえる新しい情報文末注b徹底的に無視し、特に東電福島事故に際して市民対策に猛威32を振るいました。

(5) 細胞膜の照射実験等で実際より100倍も高い線量を採用するミステイク
「質量当たりのX線吸収係数が物質によらずほぼ一定」であることにより、通常は被照射体の吸収線量は入射するX線照射線量に等しいとされています。ここで肝要な条件は「荷電粒子平衡が成立している」ことです。荷電粒子平衡とは、当該放射線の電離による電子エネルギーの消費が対象領域内で完結すると見なせることです。この条件を満たさない培養細胞等薄膜試料の照射実験で吸収線量を過大評価したミステイク33をもとに「100 mSvは無害」と宣伝がなされました。

4. 国際原子力ロビーによる防護基準の恣意的変更と日本国政府による法の無視

放射線防護が歴史的に登場したのは、ラジウムの入った蛍光塗料を使っていた米国の女子労働者の間で骨肉腫患者が急増したことがきっかけでした。被曝から労働者を防護するために設立された国際X線及びラジウム防護委員会(IXRPC)は、特定の線量以下は害がないと見なされた耐容線量の概念に基づき、1年で25レントゲン(250 mSvに相当34)という基準を設けました(1935)。のちに放射線影響にしきい値がないことを示したマラーら遺伝学者たちからの耐容線量批判を受け、米国では基準の1/10引き下げが同意(1940)されましたが、マンハッタン計画開始後の放射線被曝研究・管理は核兵器開発と核戦争勝利のためのものに変質してしまいました。

戦後になると全米放射線防護委員会(NCRP)がマンハッタン工兵管区を引き継いだ原子力委員会の影響下で作られ、耐容線量への批判を受け入れて許容線量の概念が生み出されました。ソ連との核兵器開発競争を勝ち抜くことを目的とした米国は西側諸国共通の対ソ核政策実現をめざし、許容線量による放射線防護基準の統一のためにIXRPCを復活させたのち米国主導でICRPを設立しました。許容線量は原子力利用の経済的利益と引き換えに軽微なリスクの受忍を求める概念ですが、設立されたICRPには原子力開発計画を持たない欧州諸国も多く参加したため、最初のICRP勧告(1950)は「被曝を可能な最低レベルまで引き下げるあらゆる努力を払う」として、リスク受忍論を退けていました。

しかし、各国が原子力推進に舵を取り、原子力産業が発展し、国際原子力ロビーが形成されるにつれて原子力開発の利益のために、ある程度の健康リスクは容認できるとするリスクベネフィットの考えが押し出されるようになりました。外部被曝と区別された内部被曝のリスクを検討していたNCRP2小委員会の審議打ち切り(1951)以来、放射線の被害はもっぱら高線量外部被曝によるガン死に限定され、内部被曝はすべて無視35されるようになりました。一方で米国のビキニ水爆実験(1954)を契機にフォールアウト問題で米国原子力委員会は窮地に立たされ、またアリス・スチュワートによる胎児被曝研究36(1956)が進む中で低線量被曝の健康被害も無視できない状況も生まれました。さらに原爆寿命調査(LSS, 1950-)は晩発影響を調べる最大の疫学調査となりました。

こうした中で、ICRPは経済的社会的利益を考慮したALARA原則3753を打ち立てる一方、個人の防護を保障するための歯止めとして線量限度を設け、この限度までは被曝を受忍させてもよいとのスタンスでコストベネフィット論、防護3原則(正当化・最適化・線量限度)へと健康リスクの軽視と功利主義を深化させていきました。その後、原爆の中性子放出スペクトル推定値の間違いが判明したことから原爆線量推定値が改訂され、ICRP1990勧告では公衆の年間線量限度が5 mSvから1 mSvへと引き下げ38られました。ICRPは線量限度のこの引き下げを「より安全側に立った」と大宣伝39しました。ICRP1990勧告を取り入れた日本はその後、公衆被曝1 mSv/40職業的被曝20 mSv/年のレベル41で管理してきました。

ところが、チェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故後、ICRP1990勧告に基づいて年1 mSvを超える放射能汚染地域住民の移住の権利を国家補償として認めたチェルノブイリ法が旧ソ連圏で成立します。これに衝撃を受けた国際原子力ロビーは、今後巨大原発事故が起こっても住民を避難させない方針を打ち出しました(1996IAEA会議)。その意向を受け作られたICRP2007年勧告は「事故時は防護せず」との方針42に転換しました。それだけでなく広範な手段を用いて、たとえば参照値を恣意的に設定43して上限を超えてもよい44とする、規制の例外を増やすなど、これまでの線量限度を放棄し、もはや放射線防護と呼べない大転換をおこないました。

日本政府は福島原発事故後、これまでの国内法規を無視してICRP2007年の参照値を悪用し20 mSv基準を住民の反対を押し切って導入しました。またICRP2007勧告の中で捏造された、100 mSv以下の実効線量ではまったく被害がない45と主張する100 mSvを科学的根拠もなく吹聴しました。このように日本政府は、規制そのものを無視4642する、規制が無いかのように見せ掛ける47すでにある規制を隠蔽48する、放射線防護を責務とする政府部門を稼働させない49、安全神話に代わる虚偽情報を拡散する、などによって被曝強制を画策し実行50しました。特に虚偽情報は強制被曝ばかりか被害者間の分断51も引き起こし、社会の劣化と支配の強化を作り出しており、この点でも人権侵害が明白になりました。

5. 被害の隠蔽

現実に被害が生じている時に「被害はない」と宣伝52することは支配の常套手段であり、この手段は産業事故や公害で繰り返し適用されてきました。被害の原因を被害者に押し付けることも常套手段ですが、これは科学の無視にも強くつながっています。疾病や死亡の起因が放射線被曝であるとの断定を避ける医療現場に支えられています。

6. 基本的人権としての生存権・生活権の破壊

まず放射線ロビーによる「いかにして放射線被曝を住民に受け入れさせるか」との考え方(功利主義)への誘導があり、その経過はICRPが掲げたスローガン53からも概略が理解できます。1996年にはIAEA「永久的に汚染された地域に住民が住み続けることを前提に、新しい枠組みを作り上げねばならない」54との方針を打ち出しました。このIAEA方針はICRP2007年勧告で具体化5542され、「緊急時被ばく状況」では100 mSvまで許容したのです。

政府の行政的側面では、福島事故以来、日本が現に保有する災害対策基本法、原子力災害防止特措法、炉規法などの規定も、国連子どもの権利委員会、国連人権理事会などの勧告も、憲法に基づく生活権/生存権も、ほとんど無視されています。指定地域外から避難した人々に対しては国内法も国内避難に関する指導原則も活用されず、国会を含めた政府の責任が果たされていません。ひとことで言えば法治主義が放棄されたのです。

「高汚染地域に住み続けさせる(IAEA,1996)」方針で当時の民主党内閣は臨みました。既に述べたとおり、放射線被曝に関しては徹底した虚偽の情報により支配しました。

福島事故以外にも、大気圏内核実験の犠牲者、ビキニ被災者、原発周辺住民被災者等、多くの放射線被曝犠牲者がいます。

私たちの訴えたいこと

ICRPの理論体系は科学の振りをした支配者のためのプロパガンダです。支配に都合の悪い客観的事実を隠し、支配に都合の良い虚構をねつ造しました。放射線被曝のリスクを隠し過小評価する宣伝を、「科学」と呼び、「真実かのように見せて」人々を欺してきました。世界の市民は、被曝を認知させないことによる強制被曝の脅威に晒されてきました。

私たちは、ICRP等により歪められたエセ科学を本来の科学と人権の視点で批判し、被曝に関する正当な科学を打ち立て、人権を守れる誠実な体系を打ち立てなければなりません。これこそが命と人権と地球環境を守る基礎となります。

憲法に規定されるように私たちが主権者であるならば、支配に利用されてきたエセ科学と 放射線被曝させるプロパガンダを、真の科学と人権に基づく視点で批判し、人権の下に取り返す責務が私たちにはあります。

私たちは、権力にも運動にも忖度しない「科学と人権に基づく被曝評価体系」を確立することにより、世界市民の命を守り、強制被曝から人類を解放し人権回復をもたらすことのできる放射線防護体系を確立します。

隠蔽されてきた被害を明確に認識し、世界市民に公表することも「エセ科学の支配と法治主義の放棄」の被害者として、世界市民に対する責務と捉えます。被害者の目線で記す人類史が必要と考えます。

ICRPの勧告に対置して、放射線被曝から人権に基づく保護がなされるために『日本放射線リスク評価委員会勧告』を発行します。

日本政府は「ICRP2007年勧告に沿って年間20 mSvで規制したが、何の健康被害も無かった」として法律に取り込む構えを見せています。緊急課題として明確に反対の意思表示をしなければなりません。被曝隠蔽などの被害者を科学と人権の目で確認し、人権に基づく処遇を獲得することも必要に迫られています。

被曝のあらゆる被害に苦しむ人、被害者を支援する人、放射線被曝の受容を迫ったり健康被害を隠す企みに抵抗し、市民運動・裁判・学会等でたたかっている当会内外の人々と誠実に協力し、連帯します。

上記の諸課題を念頭に置き、「科学と人権に基づく被曝評価体系」を確立するための組織を立ち上げます。

(次ページに文末注)

1ICRPの他、国際原子力機関(IAEA)、原子放射線に関する国連科学委員会(UNSCARE)、電力会社、経済産業省、などの総称

2https://web.archive.org/web/20250122214619/https://yjtanaka.blogspot.com/2024/06/blog-post.html

3調査団員のドナルド・コリンズは「原子爆弾の放射能が残っていないと証明する ように、とレズリー・グローブス(マンハッタン計画責任者)の主席補佐トマス・F ・ファレルから言いつかっていた」と打ち明けた。ウェルサム、渡辺 正: プルトニウムファイルp119、翔泳社(2013)

4放射性降下物が「無視できるほど少量だった」と結論した科学的偽装は放射能評価体系DS86の第6章と総括とに記された。原爆線量再評価 DS86(日本語版)1989年、矢ヶ﨑克馬: 隠された被曝、新日本出版 (2007)

5爆心地から2km以遠に住む者は被爆者寿命調査で「非被爆者」とされた。

6原爆医療法、被爆者援護法の1号・2号被爆者で「被曝」とは初期被曝・外部被曝に限定され、内部被曝は排除された。広島黒い雨裁判(高裁判決2021714日)は完全に内部被曝を認めたが、現実対応は「3号被爆者」の規定範囲内での処理に留まっている。

7広島黒い雨裁判までの間、原子雲の構造および生成原理は恣意的な「科学解釈」が行われ、内部被曝の隠蔽に悪用されてきた。矢ヶ﨑克馬: 低空で円形に広がる水平原子雲 – 原爆『黒い雨』裁判、本の泉社 (2023)

8ECRR: 欧州放射線リスク委員会2003年勧告、(参考: http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/yamauchi_ECRR2003.html#0 2010年のECRR勧告は、放射線被ばくによる健康被害とリスク、明石書店(2011)を参照 https://www.akashi.co.jp/book/b96169.html

9ここではやや狭い意味での科学として、自然科学を中心に考える。

10客観とは主観に対立しているもののこと、主観とは認識したり行為したりする側をいう。従って客観は認識に対して認識される対象であり、行為に対して働きかけられる対象である。(中略)この際、客観的という言葉が意味するものは、主観の外に、主観の意図からは独立的ということを示し、(後略) 社会科学総合辞典、新日本出版 (1992)

11要するに結果のこと。ほかに反応(物理学、化学、生物学、薬理学)、応答(物理学、生物学)、疾病(医学)と呼ばれる。

12ほかに要因、刺激(生物学)、曝露(生物学)、用量(薬理学)、といった用語が使われる。

13人の健康障害について考えるとき、因果推論の科学は健康障害の原因の特定と障害の拡大を防止するために重要である。対して、メカニズムを解明する科学は障害の予防と治療にとって重要である。しかし、後者が解明されなければ因果関係は明らかにならないとして、企業や権力の責任回避を合理化する手段にしばしば使われてきた。

14放射線がモノに当たると、物質中の電子を弾き飛ばし(電離)、原子同士の結合を切断する(電離損傷・分子切断)。ヒトを含めた生命体にはこのようなミクロの怪我を治す能力があり、切れたDNAなどを正しくつなぎ直す、あるいは壊れた細胞を分離して捨てることもできる。しかし損傷が過多である、集中している、あるいは免疫力や体力の弱い人に電離損傷が起きれば修復は不完全となる(電離損傷の修復困難)。

15ジョン・スノーはドットマップを使ってコレラ患者群を図示し、水源とコレラ患者の関係を示すために統計を用いた。その結果、サザーク・アンド・ヴォクソール水道会社が下水汚染のある区域のテムズ川から取水して供給した家庭でコレラ発生が増加していることを示した。

16R. K. マートンによると、科学はいわゆるCUDOS規範に沿って運営されてきた。CUDOS規範とはCommunalism(成果の共有・公開性)、Universalism(普遍性)、Disinterestedness(無私性)、Organized Skepticism(組織的懐疑主義)である。

17J. M. ザイマンはPLACEProprietary(成果の独占)、Local(狭い範囲への特化)、Authoritarian(権威主義)、Commissioned(請け負い的,受託・受注的)、Expert(専門的)と述べる。今世紀に入り、英国政府の方針が伝統的な自律的研究から「戦略研究」重視に移り、米国も「国家の利益における科学」を強く打ち出して現在に至っている。このような科学では軍事や産業との関わりが深く、PLACE原理が重視される傾向にある。

18エセ科学と呼ぶことにする。支配のための科学ともいえる。

19中川保雄: 「核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が,それを強制される側に,ヒバクがやむをえないもので,我慢して受忍すべきものと思わせるために,科学的装いを凝らして作った社会的基準であり,原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである」 放射線被曝の歴史、明石書店 (1991,増補版2011)

20これは人権侵害に他ならない。

21放射線加重係数はα線の場合20と決めてあり、α線については吸収線量の20倍を等価線量(実効線量)とする。β線、γ線の放射線加重係数は1である。これは電離損傷の修復が困難であると表現すべき事項を線量が大きいと言い換える虚偽である。この虚偽により科学のプロセスが妨害される。ICRPのエセ科学のキーポイントはここに現れている。等価線量/放射線加重係数は科学破壊の転換軸である。
組織加重係数は「確率的影響の臓器ごとの相対リスク」である。確率的影響のリスクを「実効線量」という全身単位の「線量」で表現している。
しかも外部刺激であって互いに合計できない線量を合計する、すなわち示強性と示量性の混同という誤りを犯している。

22モノに電場を加えるとき(これが刺激)、モノ内部の電子に加わる力は電場に比例して同一である。しかし電子の状態に応じる反応の種類と大きさ「内部応答」は違っていて現象も異なり、金属・絶縁体・半導体などに分類される。「現象」を必然化させているメカニズムがあり、現象(結果)が刺激(原因)だけで決まるものではない。内部の応答状況が決定的なのである。因果関係の科学は、「結果」は「内部応答(メカニズム)」と「刺激」の両者により与えられるとする
定量的には、例えば金属では、自由に動ける電子の数や周囲からの束縛力に依存する内部反応の状況(これを電気伝導度という)により、現象として現れる「電流」の量が決定される。同様に放射線量と細胞、放射線と組織・臓器、放射線と生物、放射線と人間へとそれぞれの階層的な差異にもかかわらず、被害は因果関係で結び付けることができるのであり、電離の状態とその修復力の違い(内部応答の違い)を無視することは誤りである。

23ICRP2007年勧告(B19

24放射線は電離をすることにより臓器/組織にエネルギーを与える。単位質量の臓器または組織が放射線から受け取った単位質量当たりのエネルギーが吸収線量。SI単位はJ/kg 、固有の単位名称は Gy

25組織内で電離される対象をDNAに限定し、はるかに大量の水分子の電離で生じるラジカルによる活性酸素症候群などは全面的に無視する。この結果、実態とかけ離れたリスク過小評価を実現した。
被曝した際の因果律の内部応答にあたる「損傷修復困難度」には、つぎの諸因子を考慮する必要がある。それらの時間依存と線量依存も考慮する必要がある。
a. 内部被曝に関する因子: 不溶性微粒子、可溶性微粒子、α線、β
b. 水の電離に伴う活性酸素に関する因子: 酸化ストレス症候群、ペトカウ効果
c. 電離対象に関する因子: 細胞核DNA、ミトコンドリア、ミトコンドリアDNA、細胞膜、心臓/脳組織、あらゆる組織
d. 被曝に伴うリスク因子: バイスタンダー効果、ペトカウ効果、ゲノム不安定性
e. 体力・免疫力・放射線生理学に関する因子:修復力、免疫力、年令、病弱、老齢、ホルミシス効果

26吉川敏一: フリーラジカルの医学 (2011) http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf

27放射線を照射した細胞で認められるような効果(細胞の増殖阻害、DNAの損傷、突然変異の誘発など)が、その周囲の非照射細胞にも現れる現象。

28液体中で低線量を長時間被曝した細胞の方が、高線量を短時間で被曝した細胞よりも早く破壊されるという現象。

29DNA損傷部位や修復中のエラーの際の不正確な転写が変異の原因となるため、放射線による高頻度のDNA損傷はゲノム不安定性の一因となる。

30INWORKS 研究、David B Richardson et al.: BMJ 382:e074520 (2023)

31「約 100 mGy(低 LET 放射線又は高 LET 放射線)までの吸収線量域では,どの組織も臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない。」 p16(60)段落、「がんリスクの推定に用いる疫学的方法は、およそ100 mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないという一般的な合意がある。」p131(A86)段落、ICRP2007年勧告 https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf

32IAEA: ONE DECADE AFTER CHERNOBYL(チェルノブイリ事故後10年)p546, lines 18-20, https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub1001_web.pdf 「被曝を軽減してきた古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が永久的に汚染された地域に住み続けることを前提に、心理学的な状況にも責任を持つ、新しい枠組みを作り上げねばならない」。

33培養した細胞へX線照射する実験で、100 mGyでは電離損傷が修復されるが250 mGyでは残存するとの結論が公表された(鈴木正敏、鈴木啓司、山下俊一:低線量放射線被曝によるDNA損傷の誘導と排除、長崎医学会雑誌87(特集号)、pp.239-242 (2012) https://cir.nii.ac.jp/crid/1520853833835612544 )。しかし実際の吸収線量はそれぞれ0.7 mGy1.7 mGyであり、報告されている線量との違いは荷電粒子平衡の有無から導かれる。
上記で鈴木らの報告には、薄い試料では電離した電子が被照射体の外に逃げるため荷電粒子平衡が成立していないことを見落とすという重大なミステイクがある。つまりこの研究によって、安全低線量域としてよく引き合いに出される 100 mGy から2桁近くも低い 1.7 mGyで電離損傷が修復されないことが確認されたのである。
同様の換算ミスは他の研究でもしばしば見受けられる。照射線量から吸収線量への換算は、平山英夫:空気カーマ、空気衝突カーマ、空気吸収線量、照射量と実効線量、高エネルギー加速器研究機構(2001https://rcwww.kek.jp/research/shield/kerma.pdf を参照されたい。

34ICRU(国際放射線表記委員会)の基準

35広島・長崎で残留放射能(放射性物質)の存在が隠蔽されたためである。
放射性降下物が「無視できるほど少量だった」と結論した科学的偽装は放射能評価体系DS86の第6章と総括とに記された。原爆線量再評価 DS86(日本語版)1989年、矢ヶ﨑克馬: 隠された被曝、新日本出版(2007)

36胎児(妊婦)に10 mGyX線を照射すると、出生後小児がんが約2倍になることを証明した。

3753参照

381977年勧告でICRPは条件付きで5 mSv/年を容認しつつ「生涯を平均して1 mSv/年」を提示し、1985年のパリ声明で平均の年実効線量当量の主たる限度として公表した。1990年勧告で年実効線量限度を例外付きだが1 mSvとした。1 mSvの健康リスクの評価の問題と法規範としての1 mSv/年基準放棄批判の問題は別途議論する。

391970年代後半に原爆線量推定値(T65D)の中性子放出スペクトルが大幅に間違っていたことが判明し、1986年に改定された原爆線量推定値(DS86)では広島原爆の爆心から2 km以内の屋内での中性子被曝線量を10分の1に、長崎ではガンマ線が3分の1に下げられた。つまり傷害を引き起こす線量はもっと低いことがわかったので、これまでの被ばく影響の過小評価の誤りを修正したにすぎないのに、ICRPは安全側に立って評価したと大宣伝した。藤岡毅: 放射線リスク論の転換は起こるのか~ICRPの歴史とECRR勧告~p9、生物学史研究(2012)https://researchmap.jp/JCF/published_papers/13231594

40ICRP 1985年パリ会議での勧告: ...主たる限度は1年につき 1 mSv である...ICRP Pub. 26 (1977)、付録(33)ページ https://www.icrp.org/docs/P26_Japanese.pdf

41直近5年間の積算で 100 mSv 以下、ただし1年に限り 50 mSv 以下 (ICRP1990)

42「防護行動過程に基づいて行為と介入に分類した従来の体系から、計画/現存/緊急時という3つの被ばく状況に基づく体系に変更した」ICRP 2007年勧告(邦訳版への序(i)ページ)。ここから明らかなように、市民の健康を守る基準を放棄し、事故の際にはすぐに「棄民」したうえで原発を温存する国家統治ヘ変更したことを表明したものである。 https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf

43100 mSvを緊急時被曝の参考レベルとした。ICRP 2007年勧告Pub. 103, pp57-, (241)段落、 https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf

44緊急時被ばく状況を設定した。ICRP 2007年勧告、 Pub. 103, pp68-,(274)段落以降、https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
ICRP 2007年勧告は、ICRPは被曝から人類を守ることを放棄した。当然そこには原発維持推進者の総合的な「被曝リスク過小評価」の宣伝と「被曝被害」の隠蔽が加速・強化された。

45広島・長崎で直接の放射線を浴び、即死しなかった人を基準として選択したからである。爆心地から2 km以内を被曝範囲とした。

4642参照。

47政府はこっそり公衆の被曝制限値は1 mSvの表記を消し去ろうとしている。
「一般公衆に対しては年間1ミリシーベルトとするのが適切であると判断され」、(放射線審議会第1352017年)周辺監視区域外の線量については、一般公衆の被曝線量限度が年間1mSvと定められている。(実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量限度等を定める告示 https://www.taisei-shuppan.co.jp/support/code1487/1487/dat/data.files/00100.htm 、核原料物質又は核燃料物質の製錬の事業に関する規則等の規定に基づく線量限度等を定める告示 、第二条、第八条六、 https://www.nra.go.jp/data/000308625.pdf
しかしこの規定にも関わらず、環境省は公衆被曝に関して「線量限度の規定はない」と記載している。(環境省: 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成27年度版)、p146、第4章 防護の考え方、「放射線障害の防止に関する法令(H243月時点)」として。 書籍版、上巻 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I027419821
電子版 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12363412
同名資料2025年度版での該当箇所 https://www.env.go.jp/chemi/rhm/current/04-02-01.html ) 放射線業務従事者の被曝限度(職業被曝)は電離放射線障害防止規則第4条で規定されるが、一般公衆被曝限度は明文規定がない。しかし公衆の被曝限度として1 mSv/年は2011年まで法規範として扱われてきた。

48原子力の安全に関する条約 日本国第8回国別報告書では公衆被曝限度が記載されていない(p81 15-1、原子力規制委員会、2019https://www.nra.go.jp/data/000280843.pdf 2013年の第6回報告書では一般公衆 実効線量 限度として 1 mSv/年が記載されていた(表15-1、原子力規制委員会、2013)。

49東電原発事故の災害防護対策では法治主義に反する施策が強行された。法治主義とは、国家の統治において、法律に基づいて政治を行うという原則であって、恣意的な政治や権力の濫用を防ぎ、国民の権利や自由を保障しようとするものである。存在するが適用されなかった法律を以下に列挙する。
原子力災害対策特別措置法では、
 ⅰ 原子力災害対策現地本部を事実上立ち上げなかった。
  最重要な「原子力災害合同対策協議会」を設置しなかった。
  ⇒原子力災害防止訓練で確立されていた組織を作動させなかったため、災害対策が恣意的・無法的になった。
  ⇒8つに及ぶ「特別機能班」が機能されなかった。
  ⇒SPEEDIの開示、安定ヨウ素剤の配布、具体的な広報など全ての機能が発揮できなかった。代わりに法的に規定のない私的機関「福島原子力発電所事故対策統合本部」を立ち上げた。
 ⅱ 原子力災害対策本部の機能を不全にし、代わりに法的規定のない私的機関「内閣府原子力被災者生活支援チーム」を立ち上げた。
  ⇒20 mSvの決定も、その通達方法も違法だった。
核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律: 監視区域外での1 mSv制限が守られなかった。
放射性同位元素等の規制に関する法律: 1 mSv制限、他が守られなかった。
労働安全衛生法: 1 mSv制限、他が守られなかった。
災害対策基本法に基づく対策がなされなかった。

50支配には「科学(エセ科学)」が利用されたが、放射線被曝の実態とそのリスクが隠蔽され市民を強制的に被曝させ、被曝に甘んじるように考え方を誘導するのはそれだけではない。政府そのものが行った。
人権を守る近代国家の背骨は法治主義であるとされるが、法治主義さえ放棄されたのである。
福島原発事故後、日本における被曝防護は、施策上で住民を避難させ被ばくを可能な限り低くしようとするのではなく、空間線量年間20 mSv、これはチェルノブイリ方式で内部被曝を勘定に入れると年間34 mSvとなるが、それほどの汚染地に住民を住み続けさせる政策を選択した。日本政府は、市民に対して被曝規制値が年間1 mSvという法律体系が存在するにもかかわらず、法治主義を放棄して、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準に従ったのである。
高汚染地域に住み続けさせることは住民が被曝し続けるだけでなく、住民の生存には必然的に放射性物質を含む農業生産や漁業生産が伴う。それを食し、販売することが伴う。内部被曝の拡大再生産という2次被害が生じたのである。日本では法を無視することで、巨大なリスクを住民に押しつけたのである。

51放射能を防護しようとする人は「放射脳」と呼ばれた。地域の人格破壊が進んだといえる。
汚染環境を避ける「指定地域外避難者」に対して「絆をぶち切る非国民」と罵らざるを得ない、あるいは保養すら正々堂々と行うことができない「かくれキニシタン」という言葉ができた。虚偽の放射能情報に基づいた「高汚染地域に住み続けさせる」ことで、社会人同士の人間関係破壊が進行した。

52厚労省人口動態調査等に、事故と時間相関する死亡率(粗死亡率、人口調整死亡率、性別年齢別死亡率)や罹患率(小児甲状腺ガン、その他多数の疾病)の極めて憂慮すべき増加が見て取れる。性別年齢別死亡率では、青年・壮年層に死亡率の異常減少(9年間で57万人)が見られ、幼年・老年層で死亡率の異常増加(9年間で63万人)があるが、見かけ上は9年間で7万人の死亡異常増加となっている。文末注b.3 参照。

法律家ネットワークSAFLAN が提案とコーディネートを行い、岡山大学の津田敏秀教授らのグループが主体となって、原発の立地する双葉町、2011312日に放射性プルームが襲った丸森町、及び滋賀県長浜市木之本町が参加した疫学調査は、多項目にわたる健康状態を調査している。特に体がだるい、熱がある、イライラしがち、月経不順・月経痛、鼻血などで双葉町民の健康被害が際立っている。文末注b.4 参照。

名古屋市立大学の村瀬香らは、新生児の複雑心奇形と精巣停留の発生率が事故以前に比し、優位に増加していると報告している。文末注b.5 参照。

Scherbらは周産期死亡率が強汚染県(岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬)において2012年以降は15%増加した状態が継続すること、日本における低出生体重率の全体的な傾向は、2012年に急上昇を示すことを明らかにした。文末注b.6 参照。

小児甲状腺がんについては多数の科学報告が放射線被ばく起因を証明している。文末注b.6~16 参照。

2011年以降,事故と時間相関する多量な死亡等の異常増加が認められるが、それは単に統計数字上だけで示され、医療現場では全く意識されていない。文明開化以前の状況を想起させるほどの異常状態と理解せざるをえない。この異常状態は「リスクの無視」と連動している。東電福島原発事故に当たっては、政府・福島県・原子力ロビーは、「放射線被曝による健康被害は認められていません(復興庁: 福島アップデート)」と強弁している。

多くの医師と医療体制が支配に全面的に協力したことはとても深刻である。「医学の国家権力への隷従」と表現すべき事態が進んだといえる。福島医大の山下俊一副学長らは日本甲状腺学会など7学会に出した文書で「県の検査結果に関する相談があった際、次回の検査までに自覚症状等が出ない限り追加検査は必要ないことを、十分にご説明いただきたい」(2012/1/16)」と要請し、多くの医師がこれに従った。山下俊一氏は福島県の甲状腺検査の責任者であるが、次の発言がある:「100ミリシーベルト以下の健康リスクは明らかには証明されていない、または非常に小さいというのが科学者の国際的合意だ」「日本という国が崩壊しないよう導きたい。」まさに、国際原子力ロビーだけでなく日本の公的機関でリスク隠蔽を行った事を証明する発言である。

チェルノブイリ周辺国で地元医師たちは、中央権力に抗して住民の健康を防護しようとした。25年間で5000通を超える医療レポートが報告された。これに対して日本では14年間でわずか十数通である。

53下記のように変遷した。
1954 「可能な限り低く」 As Low As Possible
1959 ALAP 「実現できる範囲でできるだけ低く」As Low As Practicable
1966 ALARA 「社会的経済的に可能な範囲で」 As Low As Readily Achievable
1970 ALARA 「合理的に達成できる範囲で」 As Low As Reasonably Achievable
1977 ICRP防護三原則 「正当化、最適化、線量限度」

54IAEA: ONE DECADE AFTER CHERNOBYLチェルノブイリ事故後10p546, lines 18-20, https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub1001_web.pdf

5542参照。

文末注 a


相対死亡率(縦軸)と累積直腸線量(横軸)

INWORKS 研究David B Richardson et al.: BMJ 382:e074520 (2023)

文末注b

b.1 ウクライナ緊急事態省: チェルノブイリ事故から 25 :将来へ向けた安全性 -- 2011 年ウクライナ国家報告、京都大学原子炉実験所 訳 (2016)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/210269/1/KURRI-EKR-5.pdf

b.2 ウラディミール・チェルトコフ(監督): ドキュメンタリー映画: 真実はどこに? – WHO IAEA 放射能汚染を巡って

b.3 厚労省「人口動態調査」の分析可視化 性別年齢別死亡率、人口調整死亡率、粗死亡率など、矢ヶ﨑克馬&小柴信子分析チーム:矢ヶ﨑克馬: 放射線防護の科学と人権、緑風出版(2024)放射線被曝の隠蔽と科学、緑風出版(2021)

b.4 低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査プロジェクト班: 低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査 -調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較- (2013) http://www.saflan.jp/wp-content/uploads/47617c7eef782d8bf8b74f48f6c53acb.pdf

b.5 (1) Kaori Murase, et.al.: Nationwide increase in complex congenital heart diseases after the Fukushima nuclear accident 福島原発事故後の複雑心奇形の全国的増加. Journal of the American Heart Association. 8(6) (2019): https://doi.org/10.1161/JAHA.118.009486

b.5 (2) Kaori Murase, et.al.: Nationwide increase in cryptorchidism after the Fukushima nuclear accident 福島原発事故後の停留精巣の全国的増加. Urology. 118: 65–70 (2018). https://doi.org/10.1016/j.urology.2018.04.033

b.6 (1) ハーゲン・シェアプら: 福島第一原発事故の影響、日本における死産と周産期死亡、乳児死亡―2001年から2015年までのトレンド解析アップデートStrahlentelex 17, 722-723 (2017) http://www.strahlentelex.de/Stx_17_722-723_Scherb-etal_jap.pdf

b.6 (2) Hagen Scherb and Keiji Hayashi: Spatiotemporal association of low birth weight with Cs-137 deposition at the prefecture level in Japan after the Fukushima nuclear power plant accidents: an analytical-ecologic epidemiological study(福島原発事故以降における県ごとの低体重出生児とCs-137土壌蓄積との時系列関係: 生態系疫学的分析), Environmental Health 19,82 (2020) https://doi.org/10.1186/s12940-020-00630-w

b.7 Tsuda et al.:Epidemiology 27, 316- (2016)
津田敏秀ら: 甲状腺がんデータの分析結果、科学 87 (2), 124 - (2017)

b.8 松崎道幸: 福島の小児甲状腺がんをどう見るかpaperzz.com への URL または http://www.hibakutokenkou.net/uploads/report20160316083455.pdf

b.9 豊福正人: 「自然発生」ではあり得ない -– 放射線量と甲状腺がん有病率との強い相関関係https://drive.google.com/file/d/0B230m7BPwNCyMjlmdTVOdThtbEE/view

b.10 矢ヶ﨑克馬: 甲状腺がん -- スクリーニング効果ではないhttps://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma2.html

b.11 矢ヶ﨑克馬: 福島の甲状腺がんの 75%は放射線原因https://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma21.html

b.12 John Howard, M.D.: “Minimum Latency & Types or Categories of Cancer(ガン種別ごとの最小潜伏期間)、(2013) http://web.archive.org/web/20131111003935if_/http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf

b.13 加藤聡子ら: Cancers 15 (18) 4583 (2023)

b.14 医療問題研究会: 甲状腺がん異常多発とこれからの広範な障害の増加を考える – 福島で進行する低線量・内部被ばく、耕文社 (2015)

b.15 甲状腺被ばくの真相を明らかにする会: 福島甲状腺がん多発 – 被ばく原因はもはや隠せない – UNSCEAR 2020レポート批判、耕文社 (2022)

b.16 関久雄(監督): かくれキニシタン、へっついの家シリーズ第二弾

b.17 安孫子亘(監督): 決断